3月17日16時37分配信 産経新聞より
日限萬里子さん3回忌 弟が出版 間寛平さんらが語る「アメ村のママ」
■「古き良き大阪」描写
大阪ミナミ・アメリカ村の生みの親と呼ばれた空間プロデューサー、日限(ひぎり)萬里子さんが平成17年3月14日、62歳で他界して2年。3回忌に合わせて弟の満彦さん(61)が姉の生涯をつづった「アメリカ村のママ 日限萬里子」(小学館)を上梓(じょうし)した。ミナミにカフェを次々と開店した敏腕プロデューサーだったが、本からは家庭と仕事の両立に悩んでいた女性らしい一面もうかがえる。
昭和17年、大阪・島之内に生まれた。母は芸者、生家も芸者置き屋という環境の中で、おしゃれに敏感な少女時代を過ごした。「深夜においしいコーヒーが飲める場所がほしい」と昭和44年、倉庫街だった西心斎橋に喫茶店「LOOP」を開店。ファッションや音楽好きの若者の人気を集めた。
コメディアンの間寛平さんはLOOPでアルバイトをしていた。吉本興業には日限さんの紹介で入ったといい、感謝の気持ちは強い。
「仕事でトラブルになればママの所へ相談に行った。そしたら必ず『うだうだ言わんと飲み』といって慰めてくれる。ママがいなかったら今の自分はない」
その後もクラブやディスコをオープン。店には桑名正博さん、もんたよしのりさんらが訪れた。大日本除虫菊会長の上山英介さんは「何千万円もする高価なテーブルをお立ち台にして踊り、壊してしまったことがあった。飛んでるおばちゃんやったけど、若い才能のある人を人一倍気にかけ、かわいがっていた」とこまやかな一面を語る。
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「死んでもこんな女がいたことを知っててもらいたいな」
生前、そう話していた姉の言葉を思い出し、満彦さんは本の執筆を決めた。姉と交流のあった30人以上に取材を申し込んだが、みな「ママのためなら」と快諾してくれた。
「いいお母さん」(元ボクシング世界王者、井岡弘樹さん)で男勝りな姉。だが、満彦さんは取材を続けるにつれ、女性らしい一面を知ることになる。「料理が得意で特に男性に食べてもらうのが何より好き。時には、ひざまずいて男性に靴下を履かせるような母性にあふれる女性だったんです」
結婚後も仕事と家事の両立に努めた。仕事が軌道に乗るにつれて家事がおろそかになり、次第にストレスに。すれ違いの生活が夫婦に亀裂を生んでいった。満彦さんは「妊娠、流産、離婚。すべて私たち家族には事後報告。気丈な姉らしいといえばそうですが」と振り返る。
本は、日限さんの成長を通して、戦後の風情ある島之内を丹念に描いている。それは「古き良き大阪」を伝えたいという満彦さんの思いからだ。
「東京で活躍する著名人の多くは大阪から育っていった人。芸能やアートが芽吹く環境が大阪にはあった。そんなモダンでおしゃれな時代があったことも、本を通して知ってもらいたいですね」